昔話を好んで語りだすとオッサンの証拠と言いますが、もうどうせいいオッサンだしチョイと昔話につきあってください。
昔といってもそんな大昔ではありません。
2004年の年末、表参道の小さなフレンチレストランを訪問しました。
料理は何を食べたかあらかた忘れてしまいましたが、確か前菜に「アヴォカドのムースとオマール海老、そのコンソメジュレ」を食べたことは覚えています。
場所も良く、コストパフォーマンス良く、また料理もおいしく、つまりはすばらしいレストランだったのですが、なぜか再訪するのに時間が掛かってしまい、次回の訪問は2005年9月27日でした。
その日は例によって「アヴォカドのムースとオマール海老、そのコンソメジュレ」の前菜から始まり、「舌平目のポワレ 焦がしバター風味」、「仔羊のローストの瞬間燻製」と、すばらしい料理に舌鼓を打ち、大満足でお会計を済ませると。
ソムリエールの方が、「去年の年末あたりにもいらっしゃって頂きましたよね?確かあのあたりのテーブルで」と言うのです。確かに年末に訪問しましたし、確かにそのテーブルで食事をしました。
そのひと言にビックリし、また一気にお店との距離が近づいた気持ちになり、その後は頻繁にそのお店を訪問するようになりました。
そのお店の名前は「アンフォール」。
表参道、伊藤病院の角を入り、とんかつの「まい泉」の前を通り過ぎてすぐ。そのあたりにお店がありました。
「アンフォール」、小さなレストランでしたが、実は日本のフレンチ界の重鎮、「ル・マノワールダスティン」を率いる五十嵐安雄シェフがオープンした店でした。そのようなわけで、小さいけれども名門とも呼べるレストランでした。
「アンフォール」二代目のシェフはその後独立して六本木に「ル・ブルギニオン」をオープン、今も大人気の菊地美升(よしなる)シェフ。
その後何代かシェフが変わり、2004年あたりにシェフを務めていたのが当時まだ20代だった湯澤貴博シェフ。この名店のシェフの座をこの若さで射止めたのですから、その腕前は相当のものでした。それほど愛想がいいタイプとは思えず、また当時はフレンチのシェフとしてはかなり目立つ金髪というルックスから、少しとっつきにくい印象はありましたが(実際にお話しするとそんなこともぜんぜんないのですが)、彼の作る料理、特に肉料理の力強さには食べるたびに感嘆したものです(そしていつもいつもいつもいつも、前菜に「アヴォカドとオマール海老、そのコンソメジュレ」を食べて、こんなウマい前菜はなかなかないよなあ。と思っていました)。
しかし、その後愛想の良いソムリエールが他店に移ってしまったり(その方の話はまた別の機会に書きたいと思います)、お店が表参道からちょっと辺鄙な八丁堀に移転してしまったりして、お客さんの層も変わったりと売上げ的には厳しかったのかもしれません。
残念なことに、アンフォールは2007年の年末でその歴史に終止符を打つことになってしまったのです。
その後、もう一度湯澤シェフの料理を食べようと思い消息を調べたのですが、いったいどこのお店で働いているのかもわからず、ああ、きっとフランスにでもまた修行に出掛けてしまったんだろう、と諦めていました。
実は、先日青山の「福蘭」で餃子とシウマイを食べたあと、たまたま「アンフォール」の跡地…いまはクレープリーになってしまいました…の前を通った際も、恨めしげに店を覗いたあげく、友人と、「あー、こんな店になっちゃって。もう一度湯澤シェフの肉が喰いてぇーなあ。ホントいい店だったのに」と悪態をついたものです(跡地のクレープリーのお店もステキなお店です。念のため)。
それくらい愛していたんです、「アンフォール」。
たとえば、の話ですが。あなたは好きだったひととの別れのあとに、新しい恋人に巡りあいました。新しい恋人とのデートも楽しく、彼/彼女のことを愛おしく感じています。でも知らず知らずのうちに、新しい恋人を、前の恋人と比べてしまっている自分がいませんか?
アンフォールが閉店し、湯澤シェフの行方もわからず、そんなときに他のレストランで力のない肉料理を食べたあとのぼくは、まさに昔の恋人を想いだす情けない男のようでした。
何度、「湯澤シェフなら、ここでガツッと迫力のある肉を喰わせてくれたはずだぜ?しっかり仕事してくれよ!」と思ったことか。
数日前、インターネットで、中目黒に4月にオープンした新店の情報を見つけました。
中目黒、「スゥリル」というフレンチレストランです。
シェフは「ル・マノワールダスティン出身」という情報をそこで得ることができました。お値段も手頃で、ぼくのなかでにわかに行ってみたいお店リスト上位にランキング。
さっそくお店のサイトでメニューをチェック…。
ん?
んんっ?
「アヴォカドのムースとオマール海老、そのコンソメジュレ」
「仔羊背肉の瞬間燻製 ロックフォールソースで」
…。きみだよね?きみだよね?ぜったいあのとき金髪でウマい肉料理を作っていた湯澤シェフだよねえ?
ぼくは興奮して同じく「アンフォール」の大ファンだった食べ友に連絡。
「『スゥリル』のシェフはやはり湯澤シェフだった。今夜行こう!」。
こうなったら仕事はさっさと片付けてー。20時から予約完了。
中目黒駅を降りて、目黒川沿いに歩くこと5分。「青家」の裏手当たりのスタイリッシュなビルの2階に「スゥリル」はありました。
ドアを開けると白と黒のコントラストが目立つモダンなインテリア、左手に鉤の手になった大きなカウンター。
カウンターの中で調理をしているのは…。そう、湯澤貴博シェフでした。
前よりも少し穏やかな雰囲気で、髪も金色ではなかったけど。
それにしても、今までどこにいたの?
ああ、興奮して料理のことを書くスペースが無くなってしまいました…。
・前菜 ハンガリー産仔兎とフォアグラのゼリー寄せテリーヌ
・スープ 新玉葱のポタージュ
うん。ウマいよこれ。以下明日のブログに続きます。
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